近代保守の陥穽 -主観的独断論への堕落-
近代保守の潮流において
陽明学に感化され
主観的観念論の迷妄に陥る人士が
輩出してきた。
その論客は
公的な学問的、政治的な権威と権力への
懐疑と謀反を特徴とし
反体制であることに意義すら見いだす有り様であった。
大塩平八郎、吉田松陰、西郷隆盛、三島由紀夫らが
代表であるが
近代右翼も左翼も
同様な主観的観念論の陥穽に陥り
天下に益することは無い。
何となれば
権威と権力への従順の徳こそが
社会倫理において
基底的に重要だからである。
すなわち
朱子学とカトリック要理の
お上、長上への従順という教えこそが
保守の本流である。
吉田松陰は
四書五経の本質を理解し得なかった
テロリスト養成者でしかない。
三島は
本邦の肇国の理想も
王道も理解し得なかった。
護るべき伝統とは
従順の徳であり
忠孝悌である。
もし
この世に
従順の徳が貫徹するなら
戦争、テロは
あり得ない。
何となれば
最も忠を尽くすべき
父なる神は
殺すなかれと
申されたからである。
終り
高橋記(前近代保守)